日記というすごいものがあるらしい

結婚を機にスウェーデンへ移住。海外(北欧)で働く20代のITエンジニア。日々感じたこと、興味のあることを書き溜めています。

スウェーデンへようこそ - feat 僕

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2017年の7月からスウェーデンに移住 & ITエンジニアとして仕事をしている僕ですが、皆さんにとっては知らないおじさんだと思うので、軽く自己紹介させてください。

初めに

まず「お前誰やねん」とツッコミが入る前に、簡単な自己紹介をしておきます。(何を書けばわからないので適当に書いておきます。要望があれば追加します。)

  • 1991年生まれ関西育ち
  • 男性
  • 高卒(大学中退)
  • 3人兄妹の真ん中

2014年にスウェーデン人嫁さんと出会い、2017年の7月からスウェーデンに移住 & ITエンジニアとして仕事をしています。この記事では、僕の移住経験をもとにした、以下の内容について触れていきます。

なぜスウェーデン

会う人から1番聞かれる質問がこれです。結論から言うと次の3点が理由です。

  • スウェーデンの子育てが楽そうだったから
  • 嫁さんがキャリアを無理なく継続できるから
  • 海外に住んでみたかったから

スウェーデンの子育てが楽そうだったから

この国の育休制度の解説は、スウェーデンでエンジニアとして活躍、そして移住コンサルティングもされている吉澤さん(LIV INNOVATION代表)の記事が非常に参考になります。

この国では子どもが生まれると、父親と母親で合わせて480日分の育児休暇が与えられる。また、どちらかの親が最低90日取らないと、その分は消滅していってしまうというルールが存在するので、父親が最低でも90日の育休を取ることにつながってくる。

引用元: 復帰と同時に出世した 日本人パパの「スウェーデン育休」体験レポ

子育てが大変な時期に両親がともに時間が取れるのは非常に大きなメリットです。僕の家族は母子家庭に近く、母親がかなり苦労して兄妹3人を育てていました。それを反面教師にして、僕も育児に参加したいと言う気持ちが強かったのでスウェーデンのやり方は非常に魅力的です。

嫁さんがキャリアを無理なく継続できるから

先にも述べた育休制度で「育休を取ったから昇級できない」と言う意地悪なことはされません。その為、男性も女性も子育てを理由にキャリアが継続できなくなると言う心配が存在しません。

海外に住んでみたかったから

小さい時から父親に「これからはパソコンと英語の時代だ」と言い聞かされていたので、なんとなく「パソコンも英語も使える仕事がやってみたい」と思っていました。30才を超えてから海外に挑戦してみようと考えていた矢先に、嫁さんと出会い、海外で仕事をするチャンスを得た為、移住を決めました。

つらくないの?

辛いかどうかは正直今は何とも言えません。と言うのが、現時点で「家、仕事、ビザ」の問題を全て解決できているからです。今のスウェーデンの仕組み的には、これら3つを解決してから、普段の生活を楽しめるような作りになっているとしか思えません。

僕のように全てが解決できたのは、正直なところ運が良かったとしか言えません。

ただ、それだけで片付けるのは勿体無いので、僕がやってきたことを言語化して、少しでも何らかのヒントになればと言う思いで情報を発信しています。

どうやって仕事を手に入れた?

結論から言うと「コネ」です。嫁の友達のお父さんが相方と会社を共同経営しており、たまたま「ITエンジニアが欲しい」と言う需要があった為、その会社に入ることが出来ました。

その時の面接は「Linuxできるの?プログラム書けるの?」といった簡単な質問だけで、あとは彼が楽しそうにプロジェクトの話をしておしまいでした。

彼には感謝しきれないくらいのことをしてもらったと今でも思っています。

転職活動を2017年の1月から始めて、およそ40社ほどに履歴書とカバーレターを送りましたが、1次面接を受けれる返事が返ってきたのは、今の会社を除いてわずか3社でした。

そのいずれも以下の理由で断られました。

スウェーデンでの就職は、非EU圏の人にとってかなり厳しいです。

2018年の5月から転職活動を始め、12月に新しい仕事のオファーをもらうことができました。戦略的に活動ができたので、この経験をあとで記事にします。

はじめから英語/スウェーデン語話せたんでしょ?

移住を決めた当時の僕は、まず英語で会話ができるレベルに達していませんでした。嫁と英語で会話をしようと試みたのですが、僕の言ってることが全く通じず、僕も聞き取れず、結局お互いが日本語でコミュニケーションを取っていました。(嫁は付き合い出した当時から日本語が流暢でした。)

スウェーデン語の学習も移住してから始めたので、移住前は英語、スウェーデン語ともに会話力がほぼゼロの状態でした。

ただ、幸いなことに単語だけは受験時代にたくさん覚えたので、文字にすれば何となく意思疎通ができるレベルでした。(当時、TOEICを受けて650点だったのを覚えています。)

移住してからというもの、皆が言ってることを聞き取ることができず、非常にストレスを感じていましたが、下記のYoutube動画を見たおかげで精神的に楽になりました。

そこから半年間、毎日30分集中して、Duolingoのスウェーデン語コース(英語からスウェーデン語を学ぶ)を続け、コースを終了した際には、少しではありましたが自信が付きました。

その後もDuolingo + Google 翻訳を活用しながら毎日勉強を続け、移住してから1年半ほどが経ちますが、コミュニケーションの問題はだいぶんと改善されて、仕事をするに当たっては特に問題がないレベルまでにたどり着きました。

どうやってスウェーデンに移住した?

僕の場合はまず仕事ビザでスウェーデンに移住し、その後、居住許可(僕の場合は、結婚ビザとも言える)に切り替えました。時系列としては次の通りです。

時期 できごと
2017年2月 仕事のオファーをもらう。調整の結果、7月から仕事を始めることに決定。
2017年3-6月 仕事ビザの申請、調整等。ビザが発行される直前は、スウェーデンに居てはいけないので日本で待機。
2017年7月 仕事ビザが無事発行され、無事スウェーデンに入国。仕事を開始する。
2017年8月 居住許可をオンライン申請
2018年9月 居住許可の面談のお知らせが届く
2018年10月 仕事ビザを持っていたとしても、居住許可を得るためには東京にあるスウェーデン大使館で再度同じような面談を受ける必要があったため、一時帰国。
2018年11月 スウェーデン大使館で面談を受けた数日後、居住許可が降りた。

そのまま仕事ビザを4年間保持すると、居住許可に切り替えるプロセスが可能なのですが、僕のケースでは、仕事ビザの申請に不備があり、そのまま続けると2019年の7月の更新時に、スウェーデンから追放されることが分かっていたため、居住許可に切り替えました。このようなケースは、スウェーデン版の2ch The localでも度々話題になっています。

スウェーデンの仕事ビザの決まりとして、仕事が開始した時からスウェーデン国内の4つの保険(健康保険、生命保険、仕事保険、年金保険)が適用されなければならないと言う一文があります。そのうち、健康保険に入るためには、国民番号(日本でいうパーソナルナンバー)が必要なのですが、移住したばかりでそれを貰うことはできません。そのため、保険会社側が融通を効かせる必要があるのですが、僕の場合、融通がきく保険会社がなかなか見つからず、仕事を始めてから2ヶ月後に保険会社が見つかり、2017年の10月からという形になってしまいました。この手の問題が多く発生していたため、2017年の11月から新しい法律が適用され、過去の不備を是正すれば仕事ビザの更新が可能となりました。

なんの仕事をしているの?

移住前は日本でセキュリティエンジニアをしていました。スウェーデンに来てからの肩書きは、AWS(Amazon Web Services)をメインとするクラウドエンジニアです。仕事の内容は、ネットワークのデザイン、設計、オペレーションや、AWSを使ったサーバレスシステムの構築など、幅広くやっています。クラウドは、今非常に熱い分野でかなり需要が伸びています。また、新しいサービスがどんどんと生まれてくるので、先行者優位性が少ないのも特徴で、いつ始めても全然遅くない職種です。

時代の変化とともに、自分の考え方もアップデートできる方がこの仕事に向いています。

スウェーデンの生活ってどう?

日本と比べると、食、娯楽などは非常にレベルが下がります。また、冬は非常に長く、暗いため明るい天気が好きな人にとっては苦痛だと思います。僕の場合は、引きこもり体質なので日本に居る時とさほど変わりません。物欲もないため、苦労していません。

ただ、スウェーデンでもヨーロッパ圏内で問題になっている難民、テロ問題が存在し、日本ほど安全という訳でもありません。

それらを踏まえた上で、どの国というよりも、誰と何をしたいか、を考えた際にスウェーデンという国は僕に合っていると実感します。

最後に

いかがでしたでしょうか。本記事では「スウェーデン」に関連する事項のみを記載したので「結局お前何者やねん」と思われる方もいるかもしれません。おっしゃる通りです。

まずは新しい年の始まりとして、去年のできごとを振り返りたいとずっと悶々としていたので本記事から書いています。

何から書けば良いかが分からないので、感じたままのことを書き続けていこうと思います。

ではまた。